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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)39号 判決

原告

ナシヨナルフオージコンパニー

被告

アルメンナ・スベンスカ・エレクトリスカ・アクチボラゲツト

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和50年10月20日同庁昭和49年審判第4013号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第1、第2項同旨の判決を求めた。

第2争いのない事実

1. 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年5月24日特許庁に対し、被告を被請求人として被告の権利に属する特許第589091号「焼結装置」(昭和42年10月12日出願((1966年10月12日スウエーデン国にした出願に基づく優先権主張))、昭和45年5月13日出願公告)の特許につき無効審判を請求し、特許庁昭和49年審判第4013号事件として審理されたが、昭和50年10月20日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として3ケ月を附加する旨の決定とともに、同年12月24日原告に送達された。

2. 本件発明の要旨

不活性気体を加圧した状態で閉込め得る壁を有する圧力室と、たて軸線が概ね垂直になつている前記圧力室内に設けられた細長い円筒形の炉室と、前記炉室内に配置された加熱装置と、前記炉室を囲み、気体滲透性の小さな材料のケーシングに囲われた絶縁空間を形成する少くとも1つのセルを含む熱絶縁外装と、前記熱絶縁外装と前記圧力室の前記壁との間にある包囲空間とを含み、前記絶縁空間が圧力を同じくする開口部装置だけを介して前記炉室に通じており、前記開口部装置が垂直方向のセルの高さに比べて垂直方向に短い場所に位置されていることを特徴とする熱間均等焼結装置

3. 本件審決の理由

本件発明の要旨は前項のとおりである。

これに対し請求人は、「本件特許第589091号発明の特許は、これを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めると申し立て、その主張を裏付ける証拠として、「ケミカル、エンジニアリング、プログレス」(Chemical Engineering Progress)65巻、5号1966年(昭和41年)5月、99頁から106頁までの写し(以下引用例という)を提出している。そしてその主張の要点は、本件発明は引用例の特に105頁から106頁に記載された焼結装置と実質的に同一内容の装置が記載されているとし、引用例の理解を助けるためのスケツチ図を提出している。

一方被請求人は本件審決の結論と同一の審決を求めると述べ、引用例の15図とスケツチ図との間には何等の関連は認められず、引用例105頁から106頁までの説明もこの点を開示していないのみならず、本件発明の特徴的構成であるところの、

(1)  炉室14を囲み、気体滲透性の小さな材料ケーシングに囲われた絶縁空間を形成する少なくとも一つのセル20を含む熱絶縁外装を備えていること。

(2)  絶縁空間が圧力を同じくする開口部装置23だけを介して炉室14に通じていること。

(3)  開口部装置23は垂直方向のセル20の高さに比べて垂直方向に短い場所に位置されていること。といつた各点を引用例は教示しておらず、「セル」と言うべきものを引用例は何ら有していないと答弁した。

そこで本件発明と引用例を対比してみると、本件発明においては、耐圧室内に設けられた炉室に、前記した被請求人の答弁にあるような(1)(2)(3)の要件を備えた1つのセルが、炉室と加熱装置間に設けられた構成をもつものと認められるのに対し、引用例においては、発熱体を内装したモリブデンコンテナーが、絶縁体である発泡アルミナを介在してステンレス鋼コンテナー中におかれ、かかる組立体が圧力室内へ微細石英により圧力室壁から絶縁して装置されたものが、15図に示された装置と認められるものの、かかる引用例開示の装置には、前記本件発明の(1)(2)(3)の各構成は全く示唆されるところはなく、またスケツチ図と引用例の相互にどのような関連が存在するものかについても請求理由の記載事項からは不明であるばかりでなく、スケツチ図に示されたところと本件特許発明の前記構成とが一致するものとも認められない。

したがつて、本件特許発明の構成要件が引用例にそつくり記載されたものであるという請求人の主張は採用することができないものであるから、本件特許発明の特許はこれを無効とすべきものとすることはできない。

第3争点

1. 原告の主張(審決を取消すべき事由)

原告は、本件特許無効審判の請求に際し、無効審判請求書において、本件発明は、引用例に記載された技術から当業者が容易に推考しえたものであるから、特許法29条2項に該当し、同法123条1項により無効であると主張した。なお無効審判請求書の無効理由の主張において、本件発明と引用例とを対比するに際し、「実質的に同一内容」とか「そつくり」という表現を使用しているが、これは、本件発明の引用例の記載にもとづく容易推考性の度合が極めて高いことを示唆するための強い表現であつて、本件発明と引用例記載の装置との同一性を主張したものではない。そして、被告においても、本件発明は引用例の記載にもとづいて容易に推考しえない旨答弁した。したがつて、本件審判においては、本件発明が引用例の記載にもとづいて容易に推考しうるかどうかが審判の対象になつていたということができる。しかるに本件審決においては、本件発明と引用例記載の装置との構成の一致点と相違点の判断しか示されておらず、本件発明が特許法29条2項に該当するかどうかの判断は示されていない。したがつて、本件審決には、審判の対象について判断を欠いた違法があるから取消されなければならない。

2. 被告の答弁

本件無効審判請求書において、本件特許の無効性の法的根拠として、本件発明が特許法29条2項に該当する旨の主張はなされているが、それを理由づける実質的主張は何もなされていない。かえつて、無効審判請求書の無効の理由の項において、「この比較から特許発明に係る装置と実質的に同一内容の装置が引用刊行物に記載されていることが明白である」と記載され、これに引続き本件発明と引用例記載の装置の各構成要件の対比が記載され、更に、結論の項において、「本件特許発明の構成要件は引用刊行物にそつくり記載されており、仍つて請求の趣旨に記載の通りの御決定を願う次第である。」と記載されているから、原告は、明らかに本件発明と引用例記載の装置との同一性の主張をし、特許法29条1項3号の適用を求めていると解さなければならない。したがつて本件審決が、本件発明と引用例記載の装置との同一性を審判の対象とし、これについて判断したことに誤りはない。なお被告の答弁書の内容によつて審判請求の理由が変動することがありえないことは当然である。

第4証拠

原告は甲第1号証から第7号証までを提出し、被告は甲第4号証の成立は知らない、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

第5争点に対する判断

1. 本件審決においては、本件発明の構成要件の一部が引用例に記載されていないことを根拠として、本件発明が引用例にそつくり記載されたものであるという請求人の主張は採用することができないとしているから、審決は、本件発明と引用例記載の装置との同一性を審判の対象とし、特許法29条1項3号について判断したことが明らかである。

これに対して原告は、本件無効審判においては、本件発明が引用例の記載にもとづいて容易に推考しえたかどうかが審判の対象であり、特許法29条2項について判断されなければならないと主張する。

そこで原告が本件無効審判において、本件発明の無効理由としてどのような主張をしたかをみると、成立に争いのない甲第7号証によれば、本件無効審判請求書には、本件発明の無効性の法的根拠として、「本件特許発明はその出願前に頒布された刊行物に記載される技術から、当業者が容易に推考し得たものであるから特許法第29条第2項の規定に該当し、従つて同法第123条第1項第1号の規定により無効になされなければならない。」と記載されていること、しかし無効の理由としては、「そこで、本件特許発明の特許請求の範囲に特定される条件と前記引用刊行物に記載される焼結装置の内容を次に比較するが、この比較から特許発明に係る装置と実質的に同一内容の装置が引用刊行物に記載されていることが明白である。」と記載され、それに引続き、本件発明の構成要件(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)を左側に、それと全く同一の引用例記載の装置の構成要件(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)、(g)、を右側に対比した記載があること、結論として「以上述べた通り、本件特許発明の構成要件は引用刊行物にそつくり記載されており、仍つて請求の趣旨に記載通りの御決定を願う次第である。」と記載されていることが認められる。

原告は、この無効審判請求書の無効の理由における「実質的に同一内容」とか「そつくり」という表現は、本件発明の引用例の記載にもとづく容易推考性の度合が極めて高いことを示唆するための強い表現であると主張するが、本件発明が引用例の記載にもとづいて容易に推考しうるというためには、その前提として、本件発明と引用例記載の装置の各構成要件の間に、一致点と相違点があり、その相違点について、その技術分野における公知技術ないし慣用技術等の既存の技術を示さなければならないはずである。しかしながら、原告は、本件無効審判請求書において、そのような主張は全くしておらず、構成要件の比較に関しては、単に、本件発明と引用例記載の装置の各構成要件が同一であることの主張をしているに過ぎない。そうすると本件無効審判請求書に本件発明の無効性の法的根拠として特許法29条2項が記載されてはいるが、原告は実質的には、本件発明と引用例記載の装置との同一性の主張をし、特許法29条1項3号についての判断を求めているとみるほかはない。そして、このような場合審判官が職権で、本件発明の引用例の記載にもとづく容易推考性を審判の対象としなければならぬ義務があるとは解せられない。

してみると、審決が本件発明につき引用例の記載にもとづいて容易に推考しうるかどうか、すなわち特許法29条2項に該当するかどうかについて判断しなかつた点に違法はない。

2. 以上のとおり本件審決には原告主張の違法はないから、その取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 小笠原昭夫 石井彦壽)

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